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ウズベキスタン・トルクメニスタンの旅 day7 ~タシケント

2016年06月26日 23:28

国内線でウルゲンチからタシケントに向かい、タシケントの観光へ。

第2次世界大戦後、捕虜として2万人を超える日本人がウズベキスタンに連行され、884名がこの地で生涯を終えたそうです。
ウズベキスタン道中、私たちが日本人だとわかると街の人たちがとても親切だったし、「おしん!」と声をかけてきました。
日本人のイメージがとてもいいのは、実はこの時にウズベキスタンにきた日本人のおかげともいえます。

日本人捕虜の方が中心で建設されたナヴォイ劇場という劇場があるのですが、当時、急ピッチの作業を強いられ政府はノルマを達成できた人にだけ食糧を与えるようにし、労働意欲をあおりました。
それに対し、当時の日本人はチームワークのためにみな平等に食糧を与えるよう交渉し、この要求が通ると、厳しい工期をきちんと守り、期日内に完成させたそうです。

その後おきた大地震で、周囲の建物が倒壊する中、このナヴォイ劇場だけが残り、避難所としても活用されたそうです。

このことから大統領が日本人に敬意を表し、ナヴォイ劇場のプレートは「日本人捕虜により建設」から「日本国民により建設」へと変更されたそうです↓

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ナヴォイ劇場

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私たちは、79名が眠る日本人墓地も訪れ、お線香をあげてきました。



広場がとても広い~

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市場にも行きました

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野菜を切る人たち。
料理の手間を省くため、野菜を切った状態で売ってます!

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パン屋。

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ナッツ屋さん。

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市場の近くの建物も綺麗。


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今回の旅で、「ウズベキスタンはイスラム国家ではありません!」とガイドさんが繰り返し言ってたのが印象的でした。

実際にウズベキスタンの国民のほとんどはイスラム教徒です。

だから、「なんでそういうふうに言うの?」って聞いたら

「ウズベキスタンは宗教の自由があるし、だいたいの人はイスラム教徒だけど、女の人は黒いマントを着なければいけないとか、テロがありそうで怖いと思われたくない。イスラム教の悪いイメージでウズベキスタンをみてほしくない」

イスラム国家と、イスラム教徒が多いというのは違う!ということ。
(とはいえ、信教の自由の権利を保証しているものの、ウズベキスタンは国によって認可されないあらゆる宗教活動を禁じている。by wikiより)

確かに、女性の服装なども、ヒジャブ(スカーフ))もかぶっていない人も多いし、黒いアバヤ(マントみたいに体を覆うもの)の方もほとんど見ませんでした。華やかな柄で民族的なものを着ている子もいるけど、カットソーにデニムなど今風の子もたくさんいました。
街でアザーン(お祈りの時間ですよーという放送)が流れることもありませんでした。

私もすべてのイスラム圏にいったわけではないですが、結構国によってイスラム教の戒律をどの程度守っているかって、さまざまなんですよねー
実際に現地に足を運んでみると、そういう違いを感じるのも楽しいし、今回ウズベキスタンやトルクメニスタンで身の危険を感じた事は一度もなかったです。(まぁツアーだしね)

今回私の目的は、サマルカンドと地獄の門でしたが、ウズベキスタンにはヒワやブハラなど他にも見所がたくさんありますので、
興味を持った方、ぜひぜひ足を運んでいただきたいでーす!
また、この記事でウズベキスタンって綺麗なんだなーと少しでも思っていただけたら嬉しいです!



番外編。ウズベキスタンで会った美人たち。


真ん中の子、かわいくないですか!!↓
可愛いから、「写真とろ~」って言ったら、最初めっちゃ苦笑いで、嫌がられてたっぽいけど、写真撮ってみたらちゃんと笑ってくれたー!
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この一番左の子↓、セクシーでかわいい!(ウズベキスタンの人にしてはめずらしくメイクは濃いめ)

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さらにさらに独り言。

イスラム建築好きとしては絶対にはずせないのは、イランなのですが、イランばっかりはさすがに父の許可がおりません・・・
それこそイランは、空港ついたときから女性はアバヤとヒジャブはマストというとても厳格なイスラム国家です。
アメリカに悪の枢軸認定とかされてましたけど、実際にイランにいくと、街は清潔で綺麗だし、人々もフレンドリーで本当に親切なんですって・・・みんな「もう1回行きたい」って言ってた・・・・
私がイランに行ける日は来るんだろうか・・・



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ウズベキスタン・トルクメニスタンの旅 day6 地獄の門からウルゲンチへ

2016年06月26日 02:26

早朝の地獄の門。

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だんだん日がのぼってきました

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ちなみにここは柵などありません。風が吹くとぴょーんと飛ばされそう。
そして、近づくとやっぱり熱いです。

私は火を見るのが好きなので、もーここはめちゃくちゃテンションあがったなー


後ほかに、天然ガスでも燃えてる系で気になってるのは、アゼルバイジャンのヤナルタグとか、イランのタシュクーとかでしょうか・・・・
でもここほどのスケールではないと思う。

後は見学は地獄の門よりもっと大変というエチオピアのエルタ・アレ火山とかも興味ある。


後ろ髪ひかれつつ、地獄の門を後にし、またまた4時間かけて国境付近まで戻ります!


道中ラクダがいたよ。

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私は今回トルクメニスタンはここ地獄の門だけでしたが、本当はトルクメニスタンにはもっとみどころがあって、
首都のアシカバードは中央アジアで一番美しい街にも選ばれた白い大理石の街だそうで、そこも本当に行ってみたい場所。

世界は広いなぁ・・・・

ウズベキスタンへの再入国もこれまた奇跡のスムーズさで終え、この日はまたウルゲンチで滞在。


そうそう。ウズベキスタンのスーパーでみた面白いもの。

カップ焼きそばがうっていた。

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化粧品の表記はロシア語のものが多い。

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これはクレイパックですかねー

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謎だったのがこれ。
最初、口の周りの脱毛パック??と思いきや、写真には唇までパックかかってるから違うか・・・
でも、唇の保湿パックにしては、口の周りにつけすぎじゃない?と思ったり・・・
結局なんなのかはわからない。

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そして、制汗剤とおぼしきものも、香りがスイカとかその横もチェリーとか・・・日本では考えられないですよね(笑)
虫よってきそう。

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以上ほぼほぼ移動の一日でした。


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ウズベキスタン・トルクメニスタンの旅 day5 トルクメニスタン「地獄の門」へ

2016年06月26日 01:06

いよいよ!!!国境を越えてトルクメニスタンへ入り、地獄の門に向かいます!

本当に本当に、夢にまでみた地獄の門!!

トルクメニスタンは閉鎖的な国で、国民の出国も、外国人の入国もあまり歓迎されていません。(ビザとか面倒らしい)
以前に日本で「中央アジアの北朝鮮」とかってテレビでもやっていて、とりあえずイメージ的に、いろいろ厳しそうで怖い・・とか思ってたんですが、人々めっちゃフレンドリーで、全然イメージと違った。

4時間ぐらいかかるかも・・・と言われていたウズベキスタンからトルクメニスタンへの入国も、ほぼほぼ2時間ほどでスムーズでした。奇跡!!

ちなみに、長時間の国境越えに備えて、日本からレンチン炊き込みご飯を持ってきて、おにぎりを作ってくれたワールド航空サービスの添乗員さん・・・もうね、こういう細かい心配りがすごすぎて、ここの旅行会社大好きなんです。


トルクメニスタンのタシャウズという街。
車から撮った写真なのでいつもよりさらにひどいですが、とりあえず、建物がめっちゃ綺麗。

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トルクメニスタンが「中央アジアの北朝鮮」と言われるのは独裁政権ゆえなんですが、一応大統領は国民投票で選ばれているらしい。
あと、国民はガス・電気・水道・塩(年に6kg)が無料。ということで、現地の人と話すと「塩はまぁ買ってるけど(笑)生活に不満はない。大統領もまぁ好き」とのこと。
資源があるって・・・・いいよね。うらやましいね。

こういう感じ↓で建物に大統領の顔を入れないといけなかったり個人崇拝させているところが北朝鮮っぽいけど、

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国民の生活や内情はだいぶ違うね。(北朝鮮いったことないからわかんないけど)

お昼をいただいたホテルがこれがまためっちゃ綺麗。

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肉じゃがみたいなの。(だいたいこんな感じの料理が多い。ウズベキスタンもトルクメニスタンも。)

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トルクメニスタンガールともぱちり。わたくし、この日はテント泊なのでほぼすっぴんです。

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お昼の後は、世界遺産「クニャウルゲンチ」へ


クニャウルゲンチにはいったーーーという瞬間。

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クニャウルゲンチは「昔のウルゲンチ」という意味。
こちらは1333年に建てられたトゥラクベク・ハニム廟。

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直径12メートルのドームの装飾は中央アジアでは歴史上はじめてペルシャ伝来のモザイクタイルの技術が使われています。
星を模した365個の金色の点(写真だとほとんど見えないけど)12のアーチ、その下の24のアーチ、4つの大窓はそれぞれ一年、12か月、24時間、四季を表し、当時の天文学的な知識が反映されています。


道を挟んで反対側には、中央アジアで一番高いミナレットへ

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高さは当時67mで、今はてっぺんがなくなって62m、近づいてみると、大きさがわかりますねー

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見上げると、ちょっとさきっぽ曲がってる・・・

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ミナレット周りのいろいろ。

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さて、クニャウルゲンチをでて、いよいよ4時間ほどかけて地獄の門に向かいます!


えんえんとこんな砂漠の風景の中を行くよ。

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どうにか日没前につきました!

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この地獄の門、ソ連時代にこの地で地質調査を行った際、落盤事故が起き、大きな穴の底から天然ガスが噴き出し、その時に有毒ガスの噴出を防ぐためにやむなく点火した火が、40年以上を経た今も燃え続けているという巨大クレーターです。

ソ連時代はそういう事故的なことは一切報じられなかったので、ほぼ誰にも知られていない存在でしたし、トルクメニスタン自体もそこまでメジャーな国ではないですが、地獄の門は近年観光スポットとしてかなり有名ですよね。
私だって日本からはるばる見に来るぐらいですから!!


だんだん日が暮れて・・・・

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日が落ちてからの地獄の門は特に綺麗!


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動画はこちらでご覧くださーい!


夜にはこれまたワールドの添乗員さんが盛ってきてくれたカップヌードルをいただいて☆

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後ろのうっすい赤い線みたいに見えるのが地獄の門。
地獄の門から300メートルぐらい離れたところのテントに泊まります。

学生時代以来のテント泊・・・・こういうところに来ると、本当に水のありがたさを実感しますね。


ちなみに、この地獄の門に2年前大統領が訪れたとき、「穴を封鎖、もしくは周囲のガス田開発に役立てるように(つまるところ、消して)と命じたことで、新たにガスを逃がすようにパイプをつくったり、この火を消そうとしているようで、実際、数年前に比べるとやっぱり火の勢いが弱まっていると感じる・・・とのことでした。
正直ね、私も穴の上までぼーぼー火が噴き出てるのかと思ったのですが、あっ意外に穴の中で燃えてる感じなのね・・・と思いました。
興味を持った方はお早めに訪れてくださいね!


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ウズベキスタン・トルクメニスタンの旅 day4 カラカルパクスタンとウルゲンチ

2016年06月25日 23:49

カラカルパクスタンでは、世界遺産である古代ホレズム王国の遺跡に行きました。
ホレズム人は天文学・数学において高い知識をもっていて、角度を測定する道具を発明するなど、古代ホレズム王国で発展し、使用された道具は今日まで残っているそうです。

トプラクカラとアヤズカラの2つを見学したのですが、トプラクカラは、本当になんというか「土手」って感じで、うーん写真をとっても全然伝わらないなぁ・・・という感じ。
このあたりは日干し煉瓦でできているので、雨などで浸食されやすいんですよね・・・

下からみて、「あ。遺跡ね」とちゃんと認識できるアヤズカラ↓

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紀元前1~紀元後2世紀ごろに自然の丘に築かれたカラ(城塞)です。

ここを上ります!!!
この日は曇っていて涼しかったから超ラッキー。晴れてると死ぬほど暑いそうです。

丘の中腹から振り返っての写真。(これは遺跡じゃないです)

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上までのぼって城塞の中に入るとこんな感じ。やっぱり土手や(笑)

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ただ、城塞の下の方にある建物跡はわりと残ってる。(これは税関だったそうです)

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本来は、ヌクスから次なる目的地トルクメニスタンに入国の予定でしたが、ヌクス・トルクメニスタン間の国境が閉鎖されているため、ここからまたウズベキスタンに入り、ウルゲンチへ向かいます。

道中、渋滞でバスが足止めにあい、なんだ・・・・?と思ったらなんと闘羊をやってました。

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ウルゲンチのホテルホレズムパレス近くの広場とか。

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ビックベンみたいな時計台(左)もあった(笑)

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ホテルの部屋はひろびろしてた。

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ウルゲンチは特に見るものがないんですって(笑)



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ウズベキスタン・トルクメニスタンの旅 day3 シャーヒズィンダ廟群

2016年06月25日 22:18

サマルカンドにあるシャーヒ・ズィンダ廟群はサマルカンドを代表する「聖地」です。

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シャーヒ・ズィンダとは「よみがえる王」という意味で、7世紀のアラブ侵攻時に生まれた伝説がもとになっています。

布教のためにサマルカンドにやってきた預言者ムハンマドの従妹ウサム・イブン・アッバースがモスクで礼拝をしている最中に地元のゾロアスター教徒に襲われ首をはねられます。
それでも彼は動じることなく礼拝を終え、自分の首を抱えて「シャアバン」という井戸に身を投じました。
そこで彼は永遠の命をえてイスラムが危機に陥ったときに救いに現れるといわれているそうです。


見渡す限り美しいモザイク!モザイク!モザイク!


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地元の方の様子

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こちらもブルーのドームが美しいですね。

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排水溝ですって

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一番上の礼拝堂で祈りをささげる人々

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私たちもこの隣の部屋でお祈りしてもらいました。


さてこの日はこの後サマルカンドを後にし、カラカルパクスタン共和国に向かいます!!

カラカルパクスタンは国とはいえ、ほぼウズベキスタンの自治区。「黒い帽子を被る民族の国」という意味だそう。
通貨や法律はウズベキスタンと一緒で、経済だけ独立しているとか。
ここからはwiki情報ですが

旧ソ連が同地を支配したとき、それまでウズベク族かカザフ族の方言と考えられていた同地の民族の言語を詳細に研究した旧ソ連の言語学者が、「同地の民族の言語は、ウズベク語とは異なりカザフ語と発祥を同じくする別の言語である」と認定したことにより、「カラカルパク族」が創出された。~中略~
本来、民族は文化や社会制度なども加味された上で分類されるべきであるが、言語によって民族を規定する方式は、旧ソ連の指導者スターリン自身が言語学者であったことに基づく。

だそう。

ちなみにタシケントからカラカルパクスタンの首都までのヌクスは「国内線」扱い。

ヌクスではジュペックジョリというホテルに泊まりました。(写真の女性はわたしじゃないっす)

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まるっと写真とりわすれたけど、お食事も美味しく(なんか、肉じゃがみたいなの食べた)、清潔なホテルでしたよ♪


ちなみにこの日、サマルカンドからタシケントに向かう途中、人生初めての「青空トイレ」を体験(笑)
旅の最初は青空トイレなんてできるかな・・・と思ったんですが、実際やってみると、汚いトイレでするぐらいなら青空トイレの方がまし!と思えるように。


わたし、この日に一皮むけました。


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